この話は、妹からのメッセージで始まった。
同居する父の食欲が9月末頃から落ちだしていたがここ数日食事の際、喉に違和感を覚えたらしい。
掛かり付け医に相談し、大きな病院紹介して貰う。
大病院の初見で本格的な検査が必要となり
明日、胃カメラとMRIを撮ることになった。
父 85歳 2年前に認知症を発症し、緩やかに症状が進んでいるところ
来るべき時が来たのかも知れないと覚悟を決めた日。
この話は、妹からのメッセージで始まった。
同居する父の食欲が9月末頃から落ちだしていたがここ数日食事の際、喉に違和感を覚えたらしい。
掛かり付け医に相談し、大きな病院紹介して貰う。
大病院の初見で本格的な検査が必要となり
明日、胃カメラとMRIを撮ることになった。
父 85歳 2年前に認知症を発症し、緩やかに症状が進んでいるところ
来るべき時が来たのかも知れないと覚悟を決めた日。
海外ドラマ ER 緊急救命室 グリーン先生吹き替えでおなじみの
声優 井上倫宏 さんが、2/28になくなられていたそうだ。
死因は、食道癌
見つかったのは、昨年(2021年)の5月だか、6月だか
父の食道癌が見つかったのは、同年10月末。亡くなったのは、今年の1/2。
父より、20歳以上お若い井上さんは、体力があったのか父より2ヶ月頑張られたが
大変残念なことです。ご冥福をお祈りいたします。
父の死亡通知を友人、知人に送って1週間ほどが過ぎた
家の留守電に、友人の一人からメッセージが残されていた
高校の同級生の方、つまり同い年の方である
訥々とメッセージを残されていた
悲しかった
死亡通知を友人、知人に送ることについては少々考えた
止めようかとも思った
変な話、知らなければ、ご友人方の心には父は生きているわけで
それだけ長生きしているのかなぁ なんて考えたからだ
しかし、昨今の状況下、知られてしまったため自宅へこられるのが
一番困るのが実情であるそれを止めるため通知し、ご供花、ご供物等、
固くご辞退するため通知を送ることにしたのだ
祖父が存命だった頃、海部俊樹元首相の地元での釜開き(?)に行っていたことがあるらしい。その時、祖父を海部邸まで車で送っていたのは父だったと母から聞いたことがある
祖父がその時語ったことによると、海部元首相は、運転手役の娘婿の父にもお茶を振る舞ってくれた。作法を全く知らない父も、周りをまねて堂々と招待を受けたということだ。
父は、一足先(1/2)に逝きました。祖父も、38年前(1/7)に逝っています。
ご冥福をお祈りいたします。
【海部元首相が死去、91歳】
— 時事ドットコム(時事通信ニュース) (@jijicom) January 14, 2022
小選挙区比例代表並立制導入を柱とする政治改革関連法案が廃案になると「重大な決意」を表明、衆院解散を模索したが党側の同意を得られず断念。91年10月の総裁選立候補を辞退し、11月に首相を辞任しました。https://t.co/WZkXybOp7G pic.twitter.com/xePbqIpAMH
積極的治療を行わないと方針が決まった父は、このまま現在の病院にいるわけにはいかないため緩和ケアもしくは、認知症の患者がいる施設に転院することが決まった
幸い、コロナがやや沈静化しているため、今なら転院先が選択可能と言うことで
病院のコンシェルジュに幾つか候補を挙げて貰うこととなる
入院中の父に対して、病院からは
・コロナの事もあるので、面会はNG
・着替えは看護師に渡す。その際も顔を合わせない
ということになった
父は、食事が取れないので、栄養点滴を投与されてるのだが、
認知症患者あるある(?)で、点滴を引き抜いてしまうらしい
そこで、点滴は、ナースステーションで看護師の監視のもとで行うことととなった
ここで問題(?)が発生
妹が、着替えをもって訪れると、当初は、看護師がそれを受け取り、
洗濯物を渡す。病室は入れないのであわないようになっていた。
が、ナースステーションで点滴投与をしている時、たまたま妹が
訪れると、顔を見せないように注意してくれる看護師と、
父に向かって
「娘さんが来てますよ」と父に声を掛け、会わせようとする看護師が
出始めたのだ。
いったい、どっちやねん!!
どちらが、今の父に良いのか、素人の私たちにはわからない
うーん、転院までもう少しだから、もう、突っ込むのは止めるか
妹が入院中の父の元に通っているが、病院からは、認知症ため混乱を
生じるから顔を見せないで欲しいと言われた。
時々、帰りたがり、病院内で行方不明になることもあったようだ。
病院から妹宛に電話があり、病院でおとなしくするよう説得してくれと
いわれたこともあったらしい
その父が帰りたいところは、何処なのだろうか
認知症発症後、父は度々、父の生家に帰ると言いだしていた(妹談)
妹は、そのたびに、「お父さんのうちはここだよ」と言い聞かせて
いたそうだ
それでも、JRの時刻表を見て、何時の列車に乗れば良いのか
考えていることもあったらしい
妹は、父のいない時にそっと時刻表を剥がしたといっていた
(大変だったな妹よ)